今月のことば (2019年6月)
忠恕一貫(ちゅうじょいっかん)

子曰わく、參(しん)や、吾が道は一(いつ)以(もっ)て之を貫く。曽子(そうし)曰わく、唯(い)。子(し)出(い)ず。門人(もんじん)問うて曰わく、何の謂(いい)ぞや。曽子曰わく、夫子(ふうし)の道は忠恕のみ。

子曰、參乎、吾道一以貫之。曾子曰、唯。子出。門人問曰、何謂也。曾子曰、夫子之道忠恕而已矣。(里仁第四、仮名論語四三頁)
〔注釈〕先師が言われた。「参(曾子の名)よ、私の道は一つの原理で貫いている」曾子が「はい」と歯切れよく答えられた。先師は満足げに出て行かれた。他の門人が「どうゆう意味ですか」と問うた。曾子が答えられた。「先生の道は、まごころ(忠)からなるおもいやり(恕)だと思うよ」
会長 目黒 泰禪

 「令(うるわ)しく和(やわ)らぎ生きる」を希(こいねが)う「令和」の御代が始まった。団塊の世代の我々は三代に亘ったということで、何か急に老いが進んだ感じがしないでもない。振り返ると「地平らかに天成る」との「平成」の時代は、命名の思いとは隔たりのある、地震(ふる)い天陰(かげ)るという印象をぬぐえない。

 自然に恵まれた「豐葦原(とよあしはら)千五百(ちいほ)秋(あきの)瑞穗(みづほ)之(の)地(くに)」と称される日本は、反面、自然の脅威もまた大きい。昭和時代の自然災害では、青函連絡船の洞爺丸を沈め、伊勢湾沿岸に高潮で甚大な被害をもたらした「台風」を思い起こす。襲来に五年を前後して奇しくも同じ、十五号の台風であり、九月二十六日の事であった。しかし平成時代の災害では、「地震」が記憶の大半を占めている。阪神・淡路大震災であり東日本大震災である。そして今も熊本地震と北海道胆振東部地震の震いが止まらない。

 上皇陛下は昨年の御誕辰に「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と述べておられる。戦後世代の昭和にあっても、米ソ冷戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争等の「戦争」は打ち続いた。平成においては、オウム真理教の地下鉄サリン事件、アルカイーダによるアメリカ同時多発テロ、シャルリー・エブド襲撃事件、ISによるパリ同時多発テロ等々が頻発。平成最後の春も、スリランカ連続自爆と「テロ」が止まらない。

 昭和と平成の時代の変わりを、思いつくまま事象で列挙してみたい。「広島・長崎」の原爆と「フクシマ」原発。「アインシュタイン博士」と「ホーキング博士」。「米ソ軍拡競争」から「米中貿易戦争」。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から日本の「失われた二十年」。漫画「鉄腕アトム」とアニメ「風の谷のナウシカ」。月面探査「アポロ」と小惑星探査「はやぶさ」。「おしん」と「あまちゃん」。「チッキ」から「宅急便」。「テレビ」から「スマホ」。「百貨店」から「アマゾン」。

 上皇陛下はかつて記者団からお好きな言葉をと問われて、「忠恕」をお挙げになられた。『論語』里仁篇の「夫子(ふうし)の道(みち)は忠恕(ちゅうじょ)のみ」からの言葉である。皇太子時代に東宮御教育常時参与小泉信三から教わり、心に刻み付けたとして「自己の良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神です。この精神は一人一人にとって非常に大切であり、さらには日本国にとっても忠恕の生き方が大切ではないかと感じています」と述べておられる。

 上皇陛下が御心に刻まれた「忠恕」は、孔子が貫かれた道である。時代が変わっても変わらないものがある。この『論語』の真髄である「忠恕」を、世代を越えて繋いでいきたい。

 一貫の 道のこゝろは 忠恕のみ かはらぬ愛の まごゝろの道
        (見尾勝馬『和歌論語』)

総会後の集合写真

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