今月のことば (2018年12月)
未成一簣(みせいいっき)

子曰、譬如爲山。未成一簣、止吾止也。譬如平地。雖覆一簣、進吾往也。(子罕第九、仮名論語一二〇頁)
〔注釈〕先師が言われた。学を修め徳を積むということは、たとえば山を造るようなものだ。もう一簣(ひともっこ)の土を盛れば山ができ上がるのに、止めるのは自分の責任である。また窪地を平らかにするようなものだ。くぼんだ土地にわずか一簣(ひともっこ)でも土を埋めれば、それだけ自分の意志で進んだのである。

 今年のノーベル医学生理学賞に京都大学の本庶(ほんじょ)佑(たすく)特別教授と米テキサス大学のジェームス・アリソン教授が選ばれた。「がん治療の全く新しい原理を確立した。世界で年数百万人もの命を奪うがんとの闘いで、極めて高い効果を示した」と、スウェーデンのカロリンスカ研究所は両氏を讃えた。
 今年の日本は自然災害の報道が相次いだだけに、実に嬉しいニュースであった。本庶佑さんは記者会見で、日頃心がけていることを尋ねられ「研究に関しては何か知りたいという好奇心。もう一つは簡単に信じないこと」「自分の目で確信するまでやる。自分の頭で考えて納得できるまでやる」と答えた。子供たちへも「一番重要なのは、知りたい、不思議と思うこと。自分の目でものを見る、そして納得する。そこまであきらめない。そういう小中学生に研究の道を志してほしい」と言う。正に『論語』の「未(いま)だ一簣(いっき)を成(な)さずして、止(や)むは吾(わ)が止(や)むなり」(子罕篇)である。毎日新聞の単独インタビューに応じて本庶さんは、記者が用意した色紙に座右の銘「有志(ゆうし)竟成(きょうせい)」を揮毫した。『後漢書』の光武帝が述べた「強い志を持てば目的は必ず達成できる」という言葉を、研究生活の支えにしていたという。
 たまたま台湾から地球物理学者が来宅の折、この「有志竟成」の記事を読み、「有志者、事竟成(志有る者は、事竟(つい)に成る)」と原文を即座に書いてくれた。漢字文化の本家とはいえ、流石に東京大学大学院卒の才媛である。
そうだ。本庶さんは「自分の目で確信するまでやる」であった。私も『後漢書』耿弇(こうえん)列伝を自分の目で確認しなくては。もう一簣(ひともっこ)はこの原稿を書き終えてからにしようっと。明日。

 一簣(いっき)だに 足らざるをりは 山なさず つゝしむべきは 一簣なりけり
 平地(ひらち)にも たえず一簣(いっき)を くつがへし 山を作(つく)れば 學(がく)の道(みち)めく
       (見尾勝馬『和歌論語』)

会長 目黒 泰禪

金蘭研修会30周年記念講演会にて

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